【認知症】が心配、予防できるの?進行を遅らせられるの?
認知症の患者数は世界で5700万、日本では700万人を超える勢いです。これは未だに明確な認知症の原因が突きとめられていないからです。当然、特効薬の開発もおぼつかないのが現状です。今は次善の手段として発症を遅らせることが唯一の対応策と言われています。ところが、薬を飲んでも、思考力や記憶力を向上させるトレーニングを行っても、進行を食い止められないという方が大勢います。
それでは本当に予防や発症を遅らせることが可能なのでしょうか。
現在解っている情報をもとに考察してみます。
確かに認知症に関する研究は着々と進んでいます。
その礎はアルツハイマー博士の論文です。
1906年ドイツの医学者のアルツハイマー博士が女性の認知症患者の脳にシミのようなものと太い繊維のようなものを発見し、これが認知症の原因物質ではないかと学会に発表しました。
その後、そのシミはアミロイドβというタンパク質であることが判明しました。しかも脳細胞に溜まるとアルツハイマー病を発症しやすいことが解りました。
また、遺伝的にアミロイドβが溜まりやすい体質ですと、親と同年代にアルツハイマー病を発症することが知られています。
ところが、アミロイドβが過剰に溜まっている方でも脳機能が正常域にとどまって場合があるとの報告がありました。
そこで、研究の末、もうひとつの認知症の原因物質であるタウというタンパク質が発見されました。アルツハイマー博士が発見した太い繊維そのものです。
アルツハイマー博士の推論は正しかったのです。
現在、アミロイドβやタウに標準をあわせた治療薬の開発が進んでいます。
さて、南米コロンビアのアンティキア州に40~50代でアルツハイマー病を発症する患者さんが多い地域があります。遺伝的にアミロイドβが若年期から溜まりやすいとのことです。
ある女性の患者さんもそのひとりで、アミロイドβが脳に高度に蓄積していました。これほどアミロイドβの脳が蓄積されていればアルツハイマー病を発症しても何らおかしくないのですが、彼女の脳は記憶力、思考力ともに健全でした。詳しく調べてみると、タウは差ほど溜まっていなかったのです。
この調査をもとにアミロイドβだけでは認知症にならない、タウが溜まると認知症を発生するという論文が発表されました。
この例は、遺伝的にアミロイドβを多量に蓄積しやすい体質ですが、その一方でタウを蓄積しにくい体質と考えられています。
この遺伝的な認知症ですが、脳の保護や脂肪の代謝を行う アポイー(APOE) 遺伝子が関与しています。APOEにはe2、e3、e4があり、両親から受け継ぎます。多くはe3を持つ確率が高いのですが、なかにはe4を引き継ぐ人もいます。e4を持つとアルツハイマーになる確率が4倍、2つ持つと13倍増えるといわれています。
その一方、e4は妊娠出産を円滑にする良い面もあるし、若いころはe4を持つ人は総じて聡明なのですが、中年以降は認知機能が極端に落ちることが解っています。
本来ならば生物は子孫を残せば、寿命を終えます。人はそれ以上生きるからアポイーの悪い面があらわれてしまうのでしょうか。いずれにしろ、今後この遺伝的要素が認知症を克服する鍵になるでしょう。
では、e4遺伝子のある人の認知症は宿命的なのでしょうか?
実はそうでもないのです。コロンビアの女性の患者と同じような遺伝的な体質を持つアメリカの患者さんが、中年期を過ぎても発症しないというデータがあるのです。決して抑制する遺伝子があるわけではありません。
何故でしょうか?
研究者はヒートショックプロテインが生成される体質が功を奏しているのではないかと考えています。ヒートショックプロテインは熱や化学物質、運動、ストレスなどにより発生するタンパク質の一種です。細胞の損傷を防ぎ、回復を促す作用がります。このアメリカの患者さんは第二次世界大戦中軍艦の機関士で、高温にさらされるエンジンルームで長時間働いていたため、体内でヒートショックプロテインが生成されやすい体質になり、それが活発に作用したため、タウの蓄積が抑制され、発症を遅らせていると研究者は推測しているのです。
このことはe4遺伝子を持っていても、環境因子が発症を抑制する可能性があるということです。
但し、アミロイドβもタウも悪い面だけ持っているわけではありません。
アミロイドβは脳細胞を攻撃する細菌やウイルスを駆除するために増産され、脳神経細胞の周りに集まります。タウは機能を高めるためリン酸化され、脳細胞の構造の保護や循環を促進させために脳神経細胞の内部に存在します。
どちらも脳細胞の健康維持には欠かすことのできないタンパク質なのです。
したがって、過剰に溜まったアミロイドβやタウが問題なのです。アミロイドβは感染が続くと興奮して病原体のみならず神経のつなぎ目のシナプスを攻撃し、神経伝達を弱めてしまいます。リン酸化されたタウも増えると次第に毒性を帯びるようになります。
そこで、有害になったアミロイドβやタウを駆除するためにミクログリアと呼ばれる免疫細胞が数を増し集結します。ミクログリアは有害化したアミロイドβやタウを貪食したり、排除しやすくしたりするのです。
ミクログリアは脳内で神経細胞以外の部分を占めるグリア細胞の一種です。昔は役割が解っていませんでしたが、近年は神経細胞の代謝や機能を支援したり免疫に関与したりと、脳の健康維持に大きな貢献をしていることが判明しています。特にミクログリアは白血球のような作用を持ち、異物や老廃物の処理や神経細胞をリフレッシュするなどの重要な役目をはたしています。
ところが、相手が多すぎてこの作業に手間取ると、ミクログリアは次第に異常興奮して細胞傷害物質のタンパク質分解酵素や活性酸素、更に炎症性サイトカイン(インターロイキシン1やインターフェロン6)などの起炎物質を大量に放出するようになります。タンパク質分解酵素や活性酸素は直接脳細胞を傷害しますし、炎症性サイトカインは他のミクログリアを刺激して活発に細胞傷害物質を放出させます。それどころか連鎖反応的に炎症性サイトカインを発生させ、激しい炎症を持続的に引き起こします。サイトカインストームと呼ばれる現象です。サイトカインが嵐のように振る舞うという意味です。免疫の暴走とも呼ばれています。この結果、脳細胞は大きなダメージを受けます。なかには死滅する脳細胞もあらわれます。
このミクログリアですが、アミロイドβやタウが増え過ぎたときにだけ活性化するわけではありません。
ミクログリアは感染や炎症でも発生します。例えば新型コロナに罹ったあと、記憶力や思考力の衰えが顕著になることがあります。軽い感染症でしたら脳に影響を及ぼすことは少ないのですが、新型コロナように病原性が高いウイルスの場合、免疫細胞も過剰な防衛反応を起こし、健全な細胞も攻撃してしまうのです。結果、脳細胞も大きな被害を受けます。実は新型コロナで命を落とす方の中にはサイトカインストームが原因の場合も少なくありません。
当然、新型コロナに罹ると、アミロイドβも増えます。上述したようにアミロイドβも細菌やウイルスに感染すると攻撃するために増産されるからです。
研究によると、新型コロナに感染すると、アミロイドβは急増し、アルツハイマー病の発症を2~4年早めるとのことです。
では、他のウイルスはどうでしょう?
帯状疱疹を引き起こすヘルペスウイルスでも感染するとアミロイドβが駆除するために増えます。
それどころか、重度の肺炎や敗血症、皮膚感染、尿路感染も同じくアミロイドβが増加します。そのため認知症リスクが2倍高くなるそうです。このように様々な感染症が認知症のリスクをあげることが解っています。
そこで、帯状疱疹ワクチンや肺炎球菌ワクチンを打ったところ、認知症の発症を20%前後防いだそうです。 おそらく炎症が発生しないように感染を予防するからでしょう。
尤も認知症を抑える方法はワクチンだけではありません。健康を損なう悪い習慣を改めることでも可能です。
実際、アメリカでは認知症患者が激減しています。理由として考えられるのは、教育水準が高まった、高血圧や高コレステロール血症などの血管障害因子に対する治療の進歩、運動や食生活の是正などが挙げられていますが、はっきり解っていません。
それでも激減しているということは、認知症の誘因となる環境因子を除くことで、アミロイドβやタウの増加を防ぎ発症を抑制できる可能性があるということです。
WHO(世界保健機構)は、若いころは勉強や読書不足、中年期は難聴、高血圧、高LDL血症、脳挫傷、糖尿病、うつ、喫煙、 運動不足、肥満、過度な飲酒、高齢期は社会的な孤立、大気汚染、視力低下が認知症の発症を早めていると勧告しています。
日本でも自治体が認知症予防として、これらの改善に努めていますし、専門医も薬剤に頼るだけではなく、生活指導も行っています。
これらの取り組みはとても重要です。
昨今、特に問題なのは社会的な孤立と運動不足、脳を働かさない生活といわれるようになりました。
このような状況が長期に渡り続くと、脳の神経伝達物質のセロトニン、アドレナリン、アセチルコリンなどが不足してきます。
セロトニンやアドレナリンが減るとうつ病や不眠の誘因になります。アセチルコリン不足は記憶力や思考力の低下が危惧されます。
認知症の症状を悪化させてしまうのは間違いありません。
そこで、これらの神経伝達物質を増やすには、朝の日光浴、運動の他、喜び、感動、愛情などを感じる生活です。
具体的には人と人とのコミュニケーションを行う、趣味、勉強などで脳を使う、体操や散歩などの運動に励む、家族やペットと感情を共有するなどです。
犬を飼っている方は、一緒に朝の散歩に出かけ、同じように犬を連れている人に会ったら、大いにコミュニケーションをとりましょう。セロトニン、アドレナリン、アセチルコリンもあふれだし、脳神経細胞は活性化します。
但し、認知症の予防はこれだけでは済みません。この他に不眠症も認知症に関連性があるからです。
睡眠が浅く眠ったのに眠った気がしない、途中で何度も目が覚める、眠ったつもりだが、疲れがとれないなどの症状があれば、認知症のリスクがあるのです。
睡眠はレム睡眠とノンレム睡眠に別けられます。約1時間30分おきに入れ替わります。このサイクルに狂いが生じると、認知症の発生を助長するといわれています。レム睡眠は浅い眠りで脳は活動していますが、身体は動かせないという状態です。この時、脳は考えを整理したり記憶を残したりしています。したがって、レム睡眠が十分でないと、思考力や記憶力が衰えてしまいます。
ノンレム睡眠は深い睡眠といわれ身体を動かすことはできますが、脳の活動はみられないという睡眠パターンです。主たる役割は脳の休息と身体の修復になります。アミロイドβもタウも睡眠時脳脊髄循環で排出されます。認知症にならないように修復しているのでしょう。グリンパティックシステムと呼ばれています。
したがって、良質な睡眠をとることも認知症の予防につながるのです。
勿論、血流改善も欠かせません。
脳細胞は血流が悪化すると、すぐに弱り機能を失ってしまいます。脳梗塞や脳出血などの脳卒中が典型的な例です。高い死亡率の病気ですが、回復しても手足の麻痺が起こるケースが圧倒的です。
その他、脳卒中の後遺症として認知機能の衰えもあります。脳細胞が壊死するからです。命の危機に関わる急性の脳卒中でなくとも、老化により微小血管が詰まると、認知機能が衰退します。ラグナ梗塞による血管性認知症です。認知症で一番多いのはアルツハイマー型ですが、その次は血管性認知症です。血管性認知症も侮れません。そもそもの原因は動脈硬化です。
また、最近の研究でアミロイドβやタウは血管にも溜まることが解っています。血管の運動を促進することで血管の壁からアミロイドβやタウの排出に拍車がかかります。このようにアルツハイマー型認知症の発症や進行においても、血流障害が関与しているのです。
とにかく脳血流を良くしておくことが大切なのです。
このように、WHOの勧告をはじめ、感染症、睡眠、血流に注意して、認知症予防に取り組むことです。人によってはヒートショックプロテインの利用も必要でしょう。そうすれば、遺伝子の影響があっても認知症の発症を限りなく抑えられるというわけです。
そこで、我々鍼灸師ができることを考えてみます。
鍼灸が難聴、高血圧、高LDL血症、糖尿病、うつ、肥満に効果があることは明らかです。WHOも認めています。
また、鍼灸は免疫力を高め感染を予防し、炎症を抑えることが期待できます。ツボを選べば精神を安定させ良質な睡眠に導くことが可能です。これらの効果もWHOが認めています。WHOはエビデンスに基づき公平に鍼灸の効果を定めましたので、信頼性がおけます。
更にお灸はヒートショックプロテインの産生を促します。

特に当院が実践している神明鍼は活脳鍼を取り入れていますので、三叉神経を刺激して強力に脳血流を改善します。
この裏付けは光トポグラフィー装置を利用した調査で確かめています。

次の画像の通り、神明鍼を行うと、赤色になり脳血流が促進していることが解ります。

脳血流の改善でアミロイドβやタウの排出を促進させることが期待できます。
この血流促進ですが、アセチルコリンという神経伝達物質の分泌が高まっているからです。脳の神経細胞は情報のやり取りをシナプスという繋ぎ目で行っています。この隙間をアセチルコリンなどの神経伝達物質が流れることで思考力や記憶力を高めています。コリン作動性仮説と呼ばれる反応です。
この説はアルツハイマー病の治療薬の開発にも役立っています。実際開発された抗認知症薬にドネペジル、レミニールなどがあります。コリンエステラーゼ阻害剤になります。アセチルコリンはコリンエステラーゼという酵素により分解されてしまうので、コリンエステラーゼの作用を弱めてシナプスのアセチルコロン濃度を維持させるのです。
また、神明鍼は顔面に分布する迷走神経も刺激するので、副交感神経が優位になり、充実した睡眠が得られます。良質な睡眠で脳脊髄液の循環が良くなり、アミロイドβの排出が期待できます。

更に良いこともあります。迷走神経への刺激は炎症を鎮めることも期待できます。リウマチの消炎鎮痛に利用できる他、新型コロナウイルス感染時、サイトカインによる悪化を防ぐため繁用されました。
このように神明鍼も認知症の発症を遅らせるひとつの手段になり得ます。但し、絶対ということではありません。なかには一生懸命治療を行っても急速に認知機能が衰えるケースもありますが、多くはありません。
提案ですが、可能な限り料理を作りましょう。1品でも構いません。特に一人住まいの方にお勧めします。そして何でも他力本願はやめましょう。たまには自分で考え行動するのです。そして朝の散歩を習慣にしましょう。四季の変化を目に焼き付けてください。個人的な感想ですが、これだけでも認知症の予防になるはずです。
もうひとつ、これは当院が認知症や認知症の恐れがある方にお勧めしている予防法です。
それは昼下がりに午前中にあったことを思い出してもらうことです。朝散歩に行ったら桜の花が満開だったとか、道を子供連れの奥さんが歩いていたとか、朝ご飯のおかずが塩辛かったとか、モーニングショーのゲストコメンテーターの言葉に愕然としたとか、順を追って思い出してください。
脳の衰えと密接に関係する短期記憶の訓練です。
以上、認知症は予防できますし、進行を遅らせることも可能です。お困りの節は是非ご相談ください。専門医の治療との併用をお勧めします。
